愛読書はありますか?

ask.fmにいただいた質問の回答です

 

愛読書はありますか?

 

最近全然本を読めてないので、愛読書と呼べるほどのものはないのですが、というか、読んだ先から忘れていくタイプなのであまり何度も同じ本を読んだりはしないのですが、一番読み込んだ本といったら、谷崎潤一郎の「春琴抄」です。
何回も読んだのは卒論をこれで書いたからだし、愛読書っていうのかは分からないけど、好きです。

目の見えない春琴と、春琴に仕える丁稚の佐助の物語。
山口百恵三浦友和で映画になってたり、深津ちゃんが舞台でやってたりするので、お話としては結構知られているのではないかな、と思います。
美人で琴は上手だけど、ワガママで性格がキツい春琴の世話を、佐助は献身的に続けるんだけど、春琴が顔に大やけどを負ったのをきっかけに、佐助は自らの目を針で刺し、春琴と同じ盲目となってしまうという、ちょっとぶっ飛んだお話。
映画や舞台ではさらっとストーリーを撫でるだけだけど、佐助が失明するあたりでふたりの関係性ががらっと変わったり、春琴のプライドと愛情とか、佐助のエゴイズムとか、そういうのが表面化してきておもしろいので、小説の方がオススメです。

ストーリーがストーリーなだけに、そういう部分ばかりが取り沙汰されがちだけど、わたしがこの作品で一番好きなのは、文体です。
谷崎はちょっと変わった文体で書くことがあって、たとえば日記体だったり全編ひらがなだったり(めっちゃ読みにくい)っていうのがあるんだけど、これも句読点がすこぶる少ないっていうちょっと変わった文体。
慣れるまでは読みにくいんだけど、慣れてくると、流れるようなその不思議な語り口が癖になるし、なによりクライマックスの「佐助痛くはなかったかと春琴は云った」から始まる師弟の会話の段落とか、合間合間に句読点や鍵括弧が入ってしまっては、あの独特の雰囲気は決して出ないんだろうなと思います。
この段落、ほぼ句読点はないんだけど、一箇所だけ春琴の「ようこそ察してくれました」の後にだけ、ポツンと句点が打たれていて、どういう意図なんだろうなってあーだこーだ考えるのがとてもおもしろいです。
短い(文庫で本編は80ページ弱)けれど、とても読み応えのある小説だと思います。

ちなみに、卒論書いた際に研究論文とかも読んだけど、春琴抄に限定して書かれた論文は、大抵春琴に火傷を負わせた犯人は誰かっていう話で盛り上がっていておもしろいです。
春琴の自傷説とか佐助犯人説とかあって、みんな探偵みたいにいろんな推理を繰り広げているよ。
犯人が誰かによって、佐助が自ら目を突く意味が変わってきてしまうからね。
まあ個人的にはそこまで穿った見方はせず、さらっと物語の上辺を掬いたいけど。

教科書に載るような作家じゃないから、名前は知ってるけど読んだことないって人が多いんじゃないかなって思うんだけど、たぶん思ったよりとっつきにくくない作家だと思うのでぜひ読んでみてください。
谷崎は結構長生きなのでたくさん作品書いてるし、関西移住前と後では作風が結構変わったりもするけど、初期の「刺青」のような作品から、晩年の「鍵」のような作品まで、生涯通して強くて美しい女性ペロペロォってしてて、いま読んでも普通に「うっわ、なにこのおっさん、キモッ」ってなっておもしろいよ!笑
ちなみに私生活でも、(結婚前の)奥さんに「御寮人様の忠僕としてお側に置いていただきたい」とか「お気に召しますまでいぢめ遊ばして下さい」とかいう手紙を送ってて「うっわ、なにこのおっさん、キモッ」ってなっておもしろいよ!笑